ビールづくりにおけるマッシング(麦芽の糖化)工程の役割は大きく分けて次の二つです。
- タンパク質をイーストの栄養分であるアミノ酸に分解する酵素を活性化する(タンパク質分解酵素の活性化)
- でんぷんをイーストが発酵可能な糖に分解する酵素を活性化する(デンプン質分解酵素の活性化)
つまり、マッシングは酵素を働かせて、ビールに必要ななアミノ酸や糖分を作り出す工程です。では、この酵素の働きを見てみましょう。
タンパク質は、アミノ酸の結合によって形成されています。タンパク質分解酵素は、このアミノ酸結合を切断し、アミノ酸に分解します。このアミノ酸はイーストの栄養分として使われるのです。また、アミノ酸が結合した状態のタンパク質は、ビールの透明度を低下させてしまうので、タンパク質分解酵素により、ビールの透明度を上げてクリアにする機能もあります。
タンパク質分解酵素の活性化
タンパク質分解酵素には様々な種類がありますが、ビールづくりにおいて重要となるタンパク質分解酵素が活性化する温度は、約50℃です。マッシング時に、この温度でタンパク質分解酵素を活性化させる工程を、プロテインレストと呼びます。マッシングには様々な温度設定がありますが、このプロテインレストはその中でも最も低い温度で行われますので、一番最初の工程で行われます。
でんぷん質分解酵素は、ジアスターゼやアミラーゼと呼ばれ、でんぷんを糖に分解する働きがあります。この酵素は、さらにαアミラーゼとβアミラーゼの2つに大別されますが、それぞれ働きや活性化する温度が異なります。 まずはでんぷんの分子構造と、糖分子構造について理解すると、その酵素の働きにについての理解が深まると思いますので、簡単に説明してみます。
でんぷんと糖の構造
でんぷんは、グルコースというブドウ糖の分子が多数連なったものです。このでんぷんを構成しているグルコースは単等類と呼ばれます。そして、このグルコースが二つ連なったものが、マルトースと呼ばれる二糖類の糖、グルコースが三つ連なったものが、マルトトリオースと呼ばれる三糖類の糖、そして、グルコースが四つ連なったものが、デキストリンと呼ばれる多糖類の糖となります。イーストは、これらの糖を食べて二酸化炭素とアルコールを作り出すのですが、ここで重要なのは、イーストはグルコースが三つ連なったものまでしか食べることができないところです。つまり、イーストは二糖類であるマルトースや、三糖類であるマルトトースまでは食べることができるのですが、グルコースが四つ連なったデキストリンを食べることができません。
食べられなかったデキストリンは、二酸化炭素やアルコールに分解されず、そのままビールに残りますので、フルボディの甘いビールとなります。逆に、デキストリンが少なく、三糖類までの糖を多く含んだ麦汁で作ったビールは、糖の甘みが少ないドライなビールになりやすくなります。 では、でんぷんはどのような働きによって、二糖類や四糖類などに分解されていくのでしょうか。それが、でんぷん質分解酵素である、αアミラーゼとβアミラーゼの働き方の違いによるものなのです。
αアミラーゼ
でんぷん質分解酵素のαアミラーゼは、65℃~75℃で最も活性化する酵素です。この酵素は、グルコース分子の連鎖であるでんぷんを、ランダム(不規則)に切断します。この為、切断されて生成される糖は、グルコース、マルトース、マルトトリオース、デキストリンと単糖類~多糖類の色々な糖ができます。でんぷんの分解を、大きな木を解体する時の道具に置き換えてみると、チェーンソーなどでしょうか。木の幹や、太い枝をザックリ切っていく感じです。ちなみに、でんぷん質分解酵素の総量のうち、αアミラーゼの割合は、約25%ほどです。
βアミラーゼ
でんぷん質分解酵素のもう一つ、βアミラーゼは、57℃~66℃で最も活性化する酵素です。この酵素は、グルコース分子の連鎖であるでんぷんを、端からグルコース二つ単位(二糖類)で切断します。この為、βアミラーゼにより生成される糖は、発酵可能な(イーストが食べることができる)マルトースとなります。でんぷん質分解酵素の総量のうち、βアミラーゼの割合は、約75%ほどです。αアミラーゼで説明したように、大きな木を解体する時の道具に置き換えてみると、のこぎりのようなものでしょうか。βアミラーゼは、端から少しずつ(マルトース単位)しか切って行くことができませんので、のこぎり(βアミラーゼ)だけしかない場合には、大きな木を解体するのに非常に時間がかかります。そこで、チェーンソー(αアミラーゼ)でザックリ切られたものを、のこぎり(βアミラーゼ)で端から解体していくと、とても効率が良いことが分かります。
αとβの共同作業
αアミラーゼとβアミラーゼの働きをみてきたように、この二つの酵素は、協力し合いながら作業すると非常に効率が良いことが分かります。両方の酵素が共に効率よく働く温度は、65℃~68℃と言われています。この温度帯のとき、2~3人のチェーンソー専門の木こり(αアミラーゼ)が大きな木をどんどんザックリと解体し、7~8人ののこぎり専門の木こり(βアミラーゼ)が、チェーンソーで切り分けられた木を端からせっせと分解していくのがイメージできます。どちらの酵素も、よく活性化する得意な温度はありますが、その温度以外でないと全く働かないということではありません。共によく活性化する得意な温度帯がありますので、つくりたいビールのイメージによって、酵素の働きをコントロールします。ブルーワーは、まるで木こり達を監督する、現場監督のようですね。
αアミラーゼとβアミラーゼの働きの違い、活性化温度の違いが分かったところで、この働きのコントロールで、ビールの仕上がりがどのように変ってくるのかまとめてみました。ちなみに、ここでいうボディとは、ビールの甘みを基準にしています。アルコール度数の兼ね合いでボディを表現することがありますが、ここではあくまで甘みにフォーカスしています。
【ライトボディ】
- ビールの甘み:少ない
- デキストリンの量:少ない
- マッシュ温度:低めに設定(57-63℃)
ビールの甘みは、麦汁の残留糖分の量によって決まります。ライトボディのビールを作りたい場合には、麦汁の糖分割合が、イーストが分解できる単糖類~三糖類までの糖分を多くすることで、残留糖分を減らします。当然デキストリンが少ないほうがビールに残る甘みが少なくなりますので、βアミラーゼを主に活性化させます。また、初期比重値の糖分は、ほとんどイーストによって分解されるので、最終比重値は低くなる傾向がありますので、相対的にアルコール度数は高くなります。例:(初期比重1.060-最終比重1.010)×131=6.55%
【フルボディ】
- ビールの甘み:多い
- デキストリンの量:多い
- マッシュ温度:高めに設定(68-73℃)
ビールの甘みは、残留糖分の量、つまりデキストリンの量です。フルボディのビールを作りたい場合には、麦汁のデキストリンの量をおおくすることで、残留糖分を多くします。その為、できるだけαアミラーゼを主に活性化させ、βアミラーゼの活性を抑えるようにします。また、初期比重値の糖分は、デキストリンの割合が多い為、イーストによって分解されない糖分があるため、最終比重は高くなる傾向があります。その為、相対的にアルコール度数は低くなります。例:(初期比重1.060-最終比重1.016)×131=5.76%